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東京高等裁判所 昭和48年(行コ)1号 判決 1975年10月06日

浜松市恒武町一八九番地

控訴人

上野輝雄

右訴訟代理人弁護士

小石幸一

右同

宮崎梧一

浜松市元城町三七の一

被控訴人

鈴木信雄

右指定代理人

武田正彦

右同

川島正之

右同

市川朋生

右同

杉村功

右当事者間の所得税額の更正決定取消請求控訴事件につき次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和三一年一二月一四日付で控訴人の昭和二八年分所得金額を一〇二一万一九一六円、所得税額を五九一万四七八五円と、同二九年分所得金額を一〇五四万一一一九円、所得税額を六一一万〇五三〇円と、それぞれ更正決定をした処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に附加する外、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決別紙土地建物一覧表(四)の1の所在地及び種類、構造、面積を「天竜市二俣町鹿島一番の一八地先、建物約二四坪」と訂正し、同別紙借入金および未払利息一覧表(三)の19の借入先氏名に「又は大滝正已」と加える。)であるから、これを引用する。

一  控訴人は、次のとおり述べた。

(一)  本件更正処分は何らの根拠もなしになされたものであるから違法である。更正処分は事前の調査の結果に基いてなすべきものであるにもかかわらず、本件更正処分は、申告書記載の所得金額が過少であると思われるとして、調査の結果に基かないでなされたものである。本訴提起後に行った被控訴人の資産負債増減法による推計計算の結果控訴人の所得が更正した所得金額を上まわるとしても、本件更正処分の違法がさかのぼって治癒されるものではない。

(二)  被控訴人は、公正な課税を第一義とすべき行政庁の本義を忘れ、本訴提起後、ひたすら本件訴訟に勝訴することのみに重点を置いて相当程度に威圧的に推計資料及び反証の収集を行ったもので、被控訴人提出の書証の多くの内容は真実に即したものではない。

二  控訴人は、甲第九九号証の一ないし九、第一〇〇号証の一、二、第一〇一号証、第一〇二号証の一ないし四、第一〇三号証の一、二、第一〇四号証ないし第一二五証を提出し、当審証人金原舜二、同大滝正已、同間宮清、同佐藤保夫、同木田稔(第一、二回)、同小石幸一、同武田源蔵の各証言、当審における控訴本人尋問の結果を援用した。

三  被控訴人は、甲第九九号証の一ないし九、第一〇〇号証の一、二、第一〇一号証、第一〇二号証の一ないし四、第一〇三号証の一、二、第一〇四号証の成立は不知、甲第一〇五号証ないし第一二五号証の成立は認めると述べた。

理由

当裁判所は、控訴人の所得金額の範囲内でなされた本件更正決定は適法であると判断する。その理由は、次に附加訂正する外、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

一  推計課税に至った経緯について

原判決理由説示のとおり、控訴人は初めは浜松市で金融業を営んでいたが、昭和二七年頃からは東京、熱海へも手を拡げ、三地区で営業するようになったこと、控訴人主張のとおりの昭和二八年分、同二九年分所得税申告をしたこと、昭和三〇年一〇月一八日に名古屋国税局の査察を受け、各地で捜索の上帳簿類を押収されたこと、右査察によって得られたのは、浜松地区の昭和二九年の貸付金台帳と金銭出納帳及び同年上半期の東京地区の営業報告書、熱海地区の決算書だけであり、東京と熱海地区の会計帳簿はなく、昭和二八年度については三地区とも会計帳簿が全くなかったこと、しかもその金銭出納帳には貸付返済、利息の入金は記帳されているが、銀行預金の出入り、給料の支払、担保物件を売ったり、固定資産を入手したりした出入り等の記載がなく、控訴人の事業全体の金銭の出入りが明らかにできるような完備したものではなかったこと、その後控訴人から経費を記した書面が提出されたがそれには受取など原始記録がなく、確めようがなかったこと、控訴人は初め資金の借入先を隠して言わないなど被控訴人側の調査に不協力であったこと、控訴人の所得金額を実額で決めるためには貸付金台帳、金銭出納帳、借入金台帳、銀行預金台帳、経費帳、固定資産台帳、担保物台帳などが揃っていることが必要なのに、控訴人の場合には上記のとおり不備な帳簿が一部分あるだけで、しかも控訴人の協力が得られなかったので、実額で所得金額を得ることはできなかったことが認められる。

右事実によれば、被控訴人が本件訴訟に応訴する過程で控訴人の所得を推計によって算出したことは、やむを得ない措置として適法であるというべきであって、このようにして算出した控訴人の所得金額が本件更正決定に係る所得金額を上まわることが明らかである以上、本件更正決定に係る所得金額の算出根拠が明らかでなくとも、本件更正決定が適法であることに変りはない。

なお、控訴人は本件更正はなんらの根拠もなくしてなされた違法な処分であると主張する。課税が納税義務者の実収入に基づいてなされるべきことは論をまたないところである。そして、真実の所得は納税義務者自体が知っているのであるから、納税義務者は自己の真実の所得を申告して課税を受ける制度となっているわけである。ところで、成立に争いのない甲第一号証の一ないし四、同第一九号証、原審証人松下貞雄の証言、ならびに、弁論の全趣旨によれば、控訴人は他から金員を借り受け自己の資金とともに、高利で貸付け、使用人を雇い、その取扱い金額も大きく、借入、貸付、金員の出入、資産の取得処分、出費と費用等を明細にして経営をなしており、これらの帳簿類を備えており、控訴人は収支の内容を十分知悉していたこと、ところが、控訴人は所得の内容を秘匿して浜松税務署の担当官と交渉し、担当官の了承した金額である控訴人主張の昭和二八年度分及び昭和二九年度分の所得申告をなしたこと、この申告に不審を抱いた国税庁が査察調査を行った際にも、原審認定のように極めてわずかの帳簿類が押収されたにとゞまり、他の資料を隠匿し、控訴人は全く調査に協力しなかったこと、押収された帳簿類のみでは控訴人の実収入を算出するには全く不十分であること、国税庁ではやむなく調査結果に基き推計計算をなして本件更正決定をなしたこと、その後控訴人はこの処分を争うために若干の資料を提出したが、弁論終結時までに提出された全資料をもってしてもいまだ控訴人の全収入を算定するには不十分であることが認められる。右の経緯であってみれば、被控訴人が推計計算をするのは当然であって、これを非難して実額計算を求めるならば、控訴人において完全なる資料を提出すべきである。右主張は理由がない。

二  被控訴人提出の書証について

被控訴人提出の書証中には牛山吉次郎に対する質問てん末書である乙第五五号証などにわかに措信できないものもあるけれども、控訴人の貸付先、借入先等に対する被控訴人係官の質問、聴取等が威圧的に強引になされたものと認めるに足りる証拠はなく、被控訴人係官作成の質問てん末書、聴取書等の多くの内容が真実に反するということはない。

三  部分的な訂正附加について

原判決理由説示につき次のとおり部分的に訂正附加する。

(一)  原判決六二枚目裏3の下欄九行目を「同号証の四、五、公文書である甲第一〇八号証により控訴人の主張を認める。」と改める。

(二)  原判決六二枚目裏5の下欄一一行目を「同号証の七、八、公文書である甲第一〇九号証により二〇万円の限度で控訴人の主張を認める。」と改める。

(三)  原判決六四枚目表17の下欄三行目から五行目までを「同号証の二二、公文書である甲第一〇六号証により三〇万円の限度で控訴人の主張を認める。」と改める。

(四)  原判決六五枚目表27の下欄三行目から五行目までを「同号証の三六、公文書である甲第一一五号証、第一一六号証、彦坂証言によって成立が認められる乙第三七号証により控訴人の主張を認める。」と改める。

(五)  原判決六五枚目表29の下欄七行目を「同号証の三九、公文書である甲第一一八号証により控訴人の主張を認める。」と改める。

(六)  原判決六五枚目裏33の下欄八行目の次に「当審証人間宮清の証言とそれによって成立が認められる甲第一〇一号証、第一〇二号証の一ないし四、第一〇三号証の一、二によっては控訴人主張を認めるに足りない。」と加える。

(七)  原判決七二枚目表八行目から裏三行目までを「原審証人鈴木貞の証言、原審における控訴本人尋問の結果とそれにより成立が認められる甲第三二号証、当審における控訴本人尋問の結果とそれにより成立が認められる甲第九九号証の八により控訴人の主張を認める。」と改める。

(八)  原判決七六枚目裏19の下欄九行目から七七枚目表下欄九行目から七七枚目表下欄末行目までを「原審証人大滝てい子の証言とそれによって成立が認められる甲第二一号証の一ないし一六、当審証人大滝正已の証言により控訴人の主張を認める。」と改める。

(九)  原判決七七枚目裏20の下欄八行目に「当審証人金原舜二の証言は、控訴人の主張を認めるに足りない。」と加える。

右訂正の結果、控訴人の昭和二八年分所得金額は、原審認定よりも二四五万円の減少となるが、依然として被控訴人が更正決定のなかで決めた所得金額をはるかに超えていることは明らかである。

四  控訴人が当審において提出したその余の証拠について

甲第一〇四号証は昭和五〇年六月九日当審における第九回口頭弁論期日において始めて提出されたもので、控訴人の支出した印紙代等の記載があるに止まり、甲第一〇五号証、第一〇七号証、第一一〇号証ないし第一一四号証、第一一七号証、第一一九号証ないし第一二四号証には控訴人名義の所有権移転登記の請求権保全の仮登記が見られるけれども控訴人主張に副うような債権額の記載はなく、これらによって控訴人主張の貸付を認めることは困難である。

結局、右各証拠及び当審証人佐藤保夫、同木田稔(第一、二回)、同小石幸一、同武田源蔵、当審における控訴本人尋問の結果その他当審における全証拠によっても、以上の認定を左右することはできない。

よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 宍戸清七 裁判官 大前和俊)

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